震災直後に家族で食べた里芋の思い出【真由美・30代】

東日本大震災の被災直後に食べた里芋の味が未だに忘れられません。3月11日、夫と私は仙台市内の会社で、子供達は保育園で被災しました。若林区の自宅は津波で流出したため、地震の2日後に青葉区の私の実家に身を寄せました。母屋にひびが入り避難所もまだ機能していなかったので、夫と父が庭に簡易テントを張り、私と母がキャンプ用のカセットコンロで煮炊きをしました。地震後初めての食事は、ホイルを巻いて蒸した里芋でした。父が畑で収穫し保存しておいた里芋は小ぶりでしたが、とても甘く感じられて夢中で皮を剥き貪りました。普段は敬遠しているぬるぬるした手触りも、土の臭いも気になりません。寒い日に温かい物を食べられる事がこんなに幸せだなんて、その瞬間まで全く考えた事がありませんでした。子供達が笑っておかわりと言う姿を見て、家族全員無事で良かったと涙が止まりませんでした。母は戦後の配給を思い出すと言って、隣家にも里芋をお裾分けに行きました。その後も乾物でかさ増しした雑炊を作ったり、隣家と自家製の白菜漬を分け合って何とか5日間しのぎました。現在は県外に引越しましたが、スーパーで里芋を見かけると未だにあの日家族で食べた里芋の美味しさが甦って来ます。生き延びた嬉しさ、今後への不安、子供達にひもじい思いをさせられないという使命感等、色々な感情がないまぜになったゆえの美味しさだったとしみじみと思います。アリシアクリニック